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第308機械化歩兵師団 (ベトナム陸軍) : ウィキペディア日本語版
第308機械化歩兵師団 (ベトナム陸軍)[だい308きかいかほへいしだん]

第308機械化歩兵師団()は、ベトナム人民軍陸軍)の師団の1つ。ベトナム人民軍最初の機械化歩兵師団であり、人民軍最精鋭の師団とされる。
== 歴史 ==

*1949年1月 - ベトナム共産党中央常任委員会は、各地に分散した戦力を統一し、歩兵師団を編成することを決定した。
*1949年4月 - 国道4号線の前線から戻った戦功が顕著な6個大隊(第18、第23、第29、第79、第626歩兵大隊と第410砲兵大隊)から第308師団編成
*1949年5月 - ''王承武''(:vi:Vương Thừa Vũ)が師団長(当時「司令」と称した)兼政治委員、''高文慶''が副師団長に任命された。滔江戦役、濾江戦役に参加
*1949年8月28日 - タイグエン省同喜県屯都地区において正式な師団(当時「大団」()と称した)編成完結式を挙行。編成完結式には、ベトナム政府代表''陳登寧''と総司令ヴォー・グエン・ザップが出席し、ザップ自らが''王承武''師団長に軍旗を授与した。編成後、師団は、「練幹整軍」、「党員鍛錬、組織強固」運動を展開した。
*1950年2月末 - 中越国境の根拠地で休養し、西北戦区政治委員''双豪奉''の命令により、「強固と訓練工作」に協力した。
*1950年3月末 - 師団の第82、第102連隊が中国雲南省硯山駐屯地に移動し、中国第13軍の訓練を受けた。
*1950年8月 - ベトナムに帰国し、「高-北-諒師団」の代号で辺境戦役に参加した。この時、中国第14軍40師副師長王硯泉が、第37師副師長呉效閔と交代し、軍事顧問を務めた。
*1952年 - 「三島」の代号で北部で活動
*1953年初め - 富寿地区に移動し、同年6月、タイグエン地区に移動した。
*1953年末 - 重装步兵師団に改編。ディエンビエンフーの戦いで突撃任務を遂行した。
*1954年10月10日 - ハノイに駐屯。北部解放後、春梅地区に移動
*1968年 - 総備起戦役に参加
*1971年 - 国道9号線-下寮戦役に参加
*1972年 - クアンチ戦役に参加
*1973年 - 北部に戻り休養
*1973年10月24日 - 新編の第1軍(決勝兵団)に編入
*1975年 - 春季の総攻撃において、戦略予備部隊を担当。ベトナム戦争終結後、春梅地区に駐屯
*1979年 - 中越戦争時、戦略予備部隊となり、ハノイ防衛を担当した。
*1979年中盤 - ソ連の援助の下、ベトナム人民軍最初の機械化歩兵師団に改編

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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